日セラのサーモパイル型赤外線センサ(以下、サーモパイルセンサ)は、今日までに世界各国の市場において、人体温度検出を始めとした体温測定機器及び室内の温度測定を行う冷暖房機器を中心に数多く採用されてきました。

さらに車輌空調用や、OA機器、電子レンジ、IHクッキングヒータなど民生機器への採用が広がりつつあります。
日セラは様々なご要求に応えるとともに、研究開発を通じて従来から日セラが果たしてきましたサーモパイルセンサの高品質化、高機能化、低コスト化をさらに推進しています。

このサイトは、日セラのサーモパイルセンサの基本的な原理から応用例を紹介し、ユーザー各位のご利用の便を図るものです。
第1項では、赤外線についての説明、第2項ではサーモパイルセンサについての説明、第3項では応用事例についてご紹介します。

1. 赤外線について

赤外線とは

燦々と輝く太陽の光、それにテレビやラジオの情報を送ってくる電波、他にも携帯電話、無線LAN、コードレステレホンの電波から電化製品のリモコンの信号までこれらを全部まとめて電磁波といいます。 それらの電磁波は波長(周波数)が異なっているだけにすぎません。 図1を参照ください。 波長(周波数)の違いによって、電磁波がどのように分類されるかを示しています。
赤外線も電磁波の一部で、波長は0.78μmから1mmです。 赤外線は、可視光線よりも波長が長く、肉眼では見えません。 ちなみに赤外線と反対に可視光線よりも波長が短いものは紫外線と呼ばれています。

図1: 電磁波のスペクトラム

温度と熱エネルギー

熱い物体と冷たい物体が触れた時、熱い物体は徐々に熱が下がり、反対に冷たい物体の方は徐々に温度が上がっていきます。 難しい法則を持ちだすまでもなく、誰もが経験的に理解していることです。 では、なぜ2つの物質の温度が変化するのでしょうか。 それは熱い物質から冷たい物質へ、熱エネルギーが移動しているからです。 熱エネルギーとは、物質の原子や分子の運動エネルギーの総量のことです。 物体に温度があるということは物体が熱エネルギーを持っていると言い換えることができます。 熱エネルギーは、温度の異なった物質の間を、温度の高い方から低いほうへと移動します。 温度の低い物体は、原子や分子の動きが不活発になるため、熱エネルギーが低下します。 その物体を熱することで新たな熱エネルギーが与えられ、物体の原子や分子の動きが活発になり熱エネルギーも増加します。 このような物体の熱エネルギーの変化を測定することで、温度の変化を測定することが可能になります(図2)。

図2: 温度と熱エネルギーの関係

熱の伝わり方

熱は高い方から低い方へと移動しますが、その伝わり方には以下の「伝導」「対流」「放射」の3種類があります。 サーモパイルセンサは、そのうち放射を利用した温度検知に使用されます。

伝導
冷たい手でカイロを持った時に、カイロを持つ手がだんだんと暖かくなっていきます。 このように接触した固体や液体の温度が、高い方から低い方へ移動することを伝導と言います。 接触式温度計などは、この性質を利用しています。

対流
ぬるくなったお風呂を再び沸かすと、お湯全体がじんわりと暖かくなってきます。 これは対流によるものです。 暖められた水や空気が軽くなって上昇し、冷めた水や空気は重くなり下降します。 その流れによって熱が移動します。

放射
典型的な熱放射は太陽の光、ストーブ、たき火にあたったときに感じられます。 これは太陽などが熱エネルギーを赤外線として放射しているからです。 あらゆる物体は赤外線を放射しており、温度が高いほど放射する量は多くなります。
サーモパイルセンサは、このような赤外線放射エネルギーを測定することで物質の温度を測定しています。

図3: 熱の伝わり方

赤外線の放射・吸収・反射

あらゆる物体は赤外線エネルギーを放射していますが、同時に他の物体からの赤外線エネルギーを吸収もしています。
赤外線を吸収すると物体の温度は上がり、放射すると下がります。 赤外線エネルギーの放射と吸収、およびそれぞれの温度の関係を示したものが図4です。
同時に、物体は外からの赤外線エネルギーを吸収するだけではなく、反射もしています。
可視光線の領域では、光をよく反射するものは白く見え、よく吸収するものは黒く見えるのと同様に、赤外線の領域でも、赤外線をよく反射するものを「白い物体」といい、よく吸収するものを「黒い物体」といいます。どんな物体でも図5の関係が成り立ちます。

完全黒体

前項で白い物体と黒い物体の説明をしましたが、その中でも、あらゆる光を吸収する物体のことを完全黒体と呼びます。 熱平衡状態では、赤外線の放射量と吸収量は同じであると前述しましたが、図5の赤外線の反射と吸収を併せて考えると図6の関係が言えます。
赤外線をよく吸収する物体ほど、より赤外線を放射しているということになります。 完全黒体は、全ての光を吸収しますので、同じ温度の他の物体と比べた場合、放射される赤外線の量も多くなります。

図6: 表面状態と入射・吸収・放射の関係

赤外線の放射量

完全黒体が放射する赤外線の量は、光線の波長と温度の関係によって決まります。 これをプランクの法則と呼びます。 図7を参照ください。 6000K、3000Kといった数値が温度を表します。 グラフの横軸は光線の波長を表し、右にいくほど波長が長くなります。 一方、縦軸は光の量(放射量)を表します。 このグラフから、温度が高くなるほど多くの光を放射していることがわかります。
温度が1000K程度になると可視光線を放射するようになり、赤く光って見えます。 さらに2000K、3000Kと上がるにつれ、短い波長の光を放射するようになります。 炎の温度が高いほど、青く(波長が短い可視光線)見えるのはそのためです。
このグラフより、赤外線の放射率がわかっていれば対象物の温度が求められることがわかります。


図7: 黒体放射スペクトラム

放射率

完全黒体の温度は赤外線の波長と放射量によって求められますが、現実には、同じ温度の物体でも材質や表面の状態によって赤外線の放射量は異なってきます。
実際の物体は、完全黒体に比べて赤外線を放射する割合が少なくなります。
そこで、完全黒体と実際の物体の放射量の比率を放射率と呼び、ε(イプシロン)という記号で表します。 完全黒体の放射率は1であるため、通常の物体の放射率はすべて1未満となります。
また放射率は、波長や温度、表面状態などの条件によってそれぞれ異なるので、同じ材料であっても同じ放射率になるとは限りません。


9   放射率と反射率の関係

2. サーモパイルセンサについて

サーモパイルセンサとは

サーモパイルセンサは熱型赤外線検出素子の1つで、以下の特徴を持っています。
・常温で動作する
・波長に依存しない分光感度特性
・光学的なチョッピングの必要がなく、入射エネルギー量に応じた電圧出力が得られる
・低価格
・長寿命

サーモパイルセンサは、ゼーベック効果を利用しており、赤外線の入射エネルギー量に比例した熱起電力を発生します。
サーモパイルセンサの素子そのものは波長依存性が大きくありません。 さまざまな窓材を用いることによって、温度計測、人体検知、ガス分析などの用途に使用されています。
日セラのサーモパイルセンサの素子は、大きな出力電圧を得るためにシリコン基板上に多数の熱電対を直列接続し、温冷接点間の温度差を最大限にしています。 温接点と冷接点の間を熱分離構造にし、その上に赤外吸収膜を付けています。 熱分離構造は、MEMS技術を用い、メンブレン(薄膜)を形成することで実現しています。 素子には、ゼーベック係数(熱起電力)が大きく、半導体プロセス形成可能な材料を使用しています。
この構造により赤外線が入射するとメンブレン上の受光膜(温接点)が温まり、冷接点との間に温度差[ΔT]が生じ、それに伴う熱起電力[ΔV]が得られます。

図10 サーモパイルセンサの素子の構造

構造

図11 断面構造図

図12 等価回路図

サーモパイルチップ

シリコンマイクロマシニング技術により形成された中央のダイアフラム上に受光薄膜部(メンブラン)が構成されています。
赤外線吸収膜、熱電対、温接点(中央薄膜部)、冷接点(ヒートシンク部)によりサーモパイルチップが形成されています。

図13 サーモパイルチップ

熱起電力と熱電対

異なる2本の金属材料を接続して1つの回路(熱電対)をつくり、2つの接点に温度差を与えると、回路に電圧が発生します。 この現象は、1821年にドイツの物理学者トーマス・ゼーベックによって発見され、ゼーベック効果と呼ばれています。

図14 ゼーベック効果

この回路の片端を開放すれば、電位差(熱起電力)として検出することが可能です。

図15 熱起電力

熱起電力は、組み合わせる金属の種類と両接点の温度差には依存するものの、構成する2つの金属の形状と大きさには関係しません。この現象を利用した多くの温度検出端が開発されました。 一般にこの現象を利用した温度検出端を熱電対といいます。

基本特性と用語

エレメント数

■シングルエレメント
1エリア検出のサーモパイル。 検出エリア内の放射エネルギーを平均化するため、検出エリアの平均温度の検出が可能です。耳式体温計、額式体温計、各種家電にご利用いただいています。

■デュアルエレメント
2エリア検出のサーモパイル。2つの検出エリアとすることで、それぞれのエリア内の放射エネルギーを測定できます。ガス検知などにご利用いただいています。

■マルチ(多素子)エレメント
多くのエリアを検出するサーモパイル。 さらに検出エリアを細分化した測定が可能です。電子レンジ、エアコン、車載エアコンなどにご利用いただいています。

光学系

■フィルター
一般的に広角の視野角が必要な際に用いられます。 広角検出のため、得られる放射エネルギーが大きく、出力感度も大きく得られます。 平面であるため基材が安価、かつ必要な光学波長特性を持たせるためのコーティングの選択も柔軟性が高くなります。主にシングルエレメントに使用します。

■レンズ
一般的に狭角の視野角が必要な際に用いられます。 スポットの検出エリアの温度測定が可能となります。 エレメント数と検知角度に応じた設計が可能です。
狭角の検出のため、得られる放射エネルギーが小さく、感度出力が小さくなります。

検知波長とは
サーモパイルセンサは、電磁波の中でも、赤外線を検知します。 赤外線は可視光より波長が長く、マイクロ波よりも波長が短い、0.78μmから1mmの波長領域の電磁波です。 また赤外線は、電磁波としての性質以外に、絶対零度以上の温度を持つ全ての物体から発生する熱作用を有する熱エネルギーでもあります。

図16 波長による電磁波の分類

3. 応用

測定温度範囲とは

測定可能な対象物の温度範囲のことをいいます。
サーモパイルセンサが測定対象物から受ける放射エネルギーにより起電力が発生します。 その起電力は数mVですので、そのままでは読み取りが困難です。 増幅回路を後回路として用いて微小な出力を増幅し、読み取りやすいレベルにします。 このとき、増幅回路への供給電圧により出力のフルスケールが決まるので、例えば5Vなどで出力が飽和し、それ以上の対象物の温度検出が不可能となります。
よって、測定温度範囲とフルスケール電圧に応じてセンサの増幅率を決定することで、希望の温度検出が可能となります。

信号出力と測定方法

センサの出力は出力電圧(Sensitivity)と呼び、電圧の単位(mV)で表します。
例えば熱源100°C、環境温度25°Cでは、センサのタイプにより異なりますが、おおむね12mV以下の出力電圧となります。
熱源25°Cで、環境温度25°Cでは、センサのタイプに関係なく、起電力ゼロのため出力電圧は0mVとなります。

図17 測定条件図

検出視野角(Field of View)

センサにて検出可能な視野領域を角度で表したものです。
日セラの定義では、真正面の感度を100%とした場合の10%以上の感度を有する角度を言います。


図18 検出視野角(FOV)の定義

総和積分平均とは

サーモパイルセンサは、検出エリア内の放射エネルギーを総和平均として検出します。
例えば、検出エリアが全て一定して35.0°Cの場合、検出温度は35.0°Cとなります。

例えば、検出エリアの半分が35.0°C、半分が0.0°Cの場合、放射エネルギーは温度の4乗に比例するため、検出温度は [{(35.0+273.15)^4+(0.0+273.15)^4}/2]^0.25-273.15 = 19.1°Cとなります。

図19 検出エリア内の温度分布と出力の関係

推奨回路

サーモパイルセンサの一般的な回路は増幅部を含めて構成される。

図20 推奨回路例